からだは、ウソをつく
再現性のある治療理論の着想を得た久保は、いよいよ本格的な検証に取り掛かっていた。
患者ごとのからだのタイプを分類し、その人にとって“好ましい方向”を見出すという発想は、今までの属人的な治療に一石を投じるものだった。
しかし――
「そう簡単に、からだは仕組みを示してはくれない」
からだは補償する。痛みを避け、使えない部位をかばい、別の場所に無理を強いる。
その結果、本来とはまったく異なる動きが“正常”として見えてしまうのだ。
久保はその現象を「からだがウソをつく」と表現した。
筋肉の反応も、可動域も、時にウソをつく。
徒手検査で得られる反応さえ、例外ではなかった。
SOT(仙骨後頭骨テクニック)のアームフォッサテスト、AK(アプライドキネシオロジー)のドロップアームテスト。
筋反射テストは有効な手段だと信じていたが、それでも正解が出ないことがあった。
「なぜ一致しないんだろう」
治るはずの方向を動かしているのに、思った通りの反応が返ってこない。
改善の兆しがある一方で、理論の根幹を揺るがすような違和感が残る。
しかしそれでも、体のタイプを分類できるようになってからは明らかに成果が変わっていた。
明らかに回復速度が上がり、施術に対する患者の反応も早くなった。
――だけど、完璧にはほど遠い。
「何かまだ見落としていることがある」
久保は、そう自分に言い聞かせるように、日々の臨床を積み重ねていった。
そんな中で、新たな困難が再び訪れる。

それは2020年、世界を震撼させた新型コロナウイルスの感染拡大だった。
ダイヤモンド・プリンセス号での集団感染からはじまった日本での流行は、瞬く間に全国へ広がり、社会は一変した。
不要不急の外出制限、営業自粛、マスク着用の義務化、社会全体が沈黙していくようだった。
あしたば整骨院にも、その影響は容赦なく押し寄せてきた。
予約はキャンセルが相次ぎ、来院者数は激減した。
だが、10年前――東日本大震災のときとは、違っていた。
「今度は、潰れない」
この10年で積み上げてきた信頼と実績が、簡単には崩れなかった。
久保自身の技術も、スタッフの意識も、患者との関係も、以前とは次元が違っていた。
中には、感染の不安がありながらも、久保たちのもとへ通い続ける患者もいた。
「ここだけは頼りにしてるから」と言って、支えてくれる人たちがいた。
それは、久保にとって何よりも大きな報酬だった。
この混乱の時代をともに乗り越えたスタッフたちは、いまでも久保の右腕として働いてくれている。
一緒に乗り越えた時間は、信頼と絆という形になって院に残った。
だが、困難は波のように押し寄せてくる。
そして、久保の目の前には――さらなる試練が待ち受けていた。
それは、治療理論の最終的な完成に向けた、“真の壁”だった。
次章、「復活」へと続く。