出会いが開く、新たな治療の扉
学びの扉を開く ― 鍼灸学校への挑戦
鍼灸学校への入学は、久保にとって人生2度目の専門課程だった。
23歳。当時の久保は、すでに整骨院での現場経験を積んでいたが、「もっと深くからだに働きかける手段があるのでは」と感じていた。
そして、自身の頭痛――子どもの頃から悩まされ続けていた、左目の奥に響くあの痛み――が、いまだにどこに原因があるのかすら分からないままだったことも、もう一つの大きな動機だった。
昼間は学校で学び、夜は整骨院で働く。
教室で学んだことをすぐ現場で試せる環境は、久保にとって理想的だった。
とくに2回目の学びとなる解剖学や生理学は、以前よりもはるかに理解が深まっていた。
放課後には資料室に足を運び、鍼灸やあん摩だけでなく、からだ全体のつながりや神経系の専門書を読み漁った。
この頃の久保は、ただ“知識を得たい”というよりも、“からだの真実に触れたい”という思いに駆られていたのだ。
そんな久保の前に、思いがけず現れた“導き手”がいた。
導き手との出会い ― 知識の交差点
クラスメイトの遠藤さん。久保より5歳ほど年上の男性で、入学当初から教室の席が近かった。
明るく気さくで、いつもテンション高め。
「いや〜今日の授業、神経系ぶっ飛びましたね! 久保さん、あの辺どう解釈してます? 教えてくださいよ〜」
そんな調子で、誰にでも敬語を使いながらも、ぐいぐいと距離を縮めてくる不思議な人だった。
そして驚くべきことに、遠藤さんは鍼灸学校に入る前、カイロプラクティックの有名校で講師を務めていたという経歴の持ち主だった。
「いや、やっぱり国家資格ないと、できること限られるんですよ。だから、いま頑張って勉強中です」
その軽やかな語り口と裏腹に、施術に関する知識と経験は圧倒的だった。
最初のうちは、そんな遠藤さんを“面白いクラスメイト”くらいに思っていた久保だったが、ある日の会話がきっかけで、彼との関係は大きく変わっていく。
痛みの謎と答えへの歩み
『その頭痛、首から来てるかもしれませんよ?』
「実は……昔からずっと頭痛があるんです。左目の奥にズーンと来る感じで。病院に行っても原因がわからないままなんですよ」
放課後、何気なく口にした久保の悩みに、遠藤さんはピタリと反応した。
「え、それ、首から来てるかもしれませんよ?」
「ちょっと姿勢見てもいいですか?」
冗談交じりだった口調が一変し、久保の首や肩の位置、頭の傾きを静かに観察し始める。
「うーん、上位頚椎が、少し左に回旋してそうですねぇ。左側の視神経とも関係しやすい場所なんで、それが原因かも」
まるでパズルのピースがはまるような感覚。
それまで誰にも言われたことのなかった“視点”に、久保は息を呑んだ。
そこからの遠藤さんはまるで別人のように、丁寧かつ熱心にカイロプラクティックの技術や考え方を教えてくれるようになった。
「スラスト、って聞いたことありますか?
ディバーシファイドっていう手技なんですけど……ちょっとやってみますね」
施術ベッドの上で見せてくれたその動きは、滑らかで無駄がなく、関節に正確な刺激を与える独特の技術だった。
久保も何度か練習してみたが、どうにもうまくいかない。
「いや〜久保さん、繊細な動きは得意だけど、瞬発力系はちょっと苦手かもですね」
そう言いながら遠藤さんは、もう一つの選択肢を提示してくれた。
「SOT(仙骨後頭骨テクニック)って、ご存知ですか? 久保さんにはたぶん、こっちの方が合うと思います」
そう言って、わざわざ自分の資料をコピーして持ってきてくれた。
SOTは、脳脊髄液の循環や骨盤の傾きなど、全身のバランスに働きかける繊細な手技だった。
派手な矯正はないが、全体を見通す“静かな力”がそこにはあった。
「急にグイッと変えるんじゃなくて、体が自然と動きたくなる方向に導いてあげるんです。
久保さん、こういうの好きそうじゃないですか?」
その言葉は、久保の奥底に静かに響いた。
ずっと自分の中にあった、「なんとかしてこの頭痛を治したい」という願い。
そして、同じように「何が原因かもわからず、苦しんでいる誰かの力になりたい」という想い。
遠藤さんと過ごした3年間。
鍼灸やあん摩の学び、学校の図書室での探究、そして夜の整骨院での実践。
それら全てが、やがて久保に“ある問い”を生み出していく。
「この技術の先に、本当に人を救える方法はあるのか?」
卒業式の日、最後の教室で久保は遠藤さんと並んで腰を下ろしていた。
「ほんと、よく学びましたね〜。久保さん、これからが本番ですよ」
遠藤さんはいつものようにニコニコと笑っていたが、その目はどこか遠くを見ていた。
久保もまた、自分の中でなにかがはじまりつつあるのを、確かに感じていた。
施術者の沼 – ここで鍛え抜かれた技術は、一生の武器となる –
あしたば整骨院ではスタッフの勉強会を定期的に開催
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